ももなぞブログ

悪い行いをすると悪い結果が返ってきて、良い行いをすると良い結果が返ってくる。

こういう考えかたを因果応報という。

「ももたろうの謎解き経営学」の主人公ももたろうは、最初、経営哲学を読み違えた。その結果、力のない3匹のお供がやってきた。この3匹のお供は鬼退治をする能力を持っておらず、ももたろうを置いて逃げてしまった。命からがら逃げかえったももたろうは、村人の導きにより「経営哲学とは何か」「鬼の正体とは何か」「経営とは何か」に気づいた。すると、別の3匹のお供が現れた。彼らを連れて再度挑戦した鬼退治。いともあっさり片づけて、ももたろうは幸せになれた。

この物語は、経営において重要なことをたとえている。メタファー(暗喩)である。

しかし、実際の経営はここまでシンプルではない。もう少し深い。

確かに、経営哲学とは何か、経営の真実の有りかたとはどういうものか気づくことができれば、問題のほとんどが片付いたと言っていいだろう。あとは、その通りに実行すればいいのだから。

しかし、気づいているのにその通りに行動できない人が実に多い。私もその一人だ。

家族に優しい言葉を掛けてやりたい、と思っているのに、ついつい語気を荒げてしまうことがある。

「分かっちゃいるけどやめられない」というやつだ。

 

このねじれの原因を探ってみたい。

その一つが、冒頭の「因果応報」という考えかただ。

「良いこと」を善行という狭い意味ではなく、もっと広い意味でとらえてみる。

経営の世界では、「儲けたい」「成長したい」といった上昇志向を持つことは「良いこと」だとされている。継続性を維持することはあらゆる会社の命題だから、上昇志向は絶対に良いことである。しかも、それが「従業員とその家族の幸せのために」「顧客や仕入先などの幸せのために」といったまごころの発露だとすれば、なお良い。

程度の差はあるだろうが、何年、何十年も会社経営をしている経営者のほとんどは、そういう考えかたであるはずだ。経営者が幸せにしてあげたいと願うその対象者から無形の感謝と敬意が、労働や売上や安定品質の供給といった有形の資産に形を変えて、会社の継続を支えてきたのだろう。

確かにそういう一面もある。しかし、それはほんのわずかな偶然だと私は思っている。そういうケースは美談として語られることが多いから、聞く人の心を打つ。印象に残る。

私たちは有名なレアケースで以て全体を推し量ってしまうのだ。

 

実際の社会は、そうではない。

誠意を込めた生き方や経営をしている会社であっても、倒産廃業の憂き目に遭うことがある。いや、世の中はそういう理不尽なことばかりである。

つまり、因果は応報しないのだ。

良い考えで経営を行っても、必ずしも成長し続ける、とは限らない。良い考えで経営を行っても、倒産する可能性はあるのだ。

「私は真っ正直に生きているのに・・・景気が悪くて客足が途絶え・・・従業員が怠けて・・・仕入先が倒産して・・・銀行が融資に応じてくれなくて・・・廃業してしまった」

このように、因果応報の考えかたを持つ人の多くが、逆境の時、「私は頑張っているのに周りが悪かった」という責任転嫁をする。

この責任転嫁は、最も不幸せな考えかたである。自分も周りも不幸にする。

「俺ばかり頑張っている! 俺ばかり孤独だ!」

と不平不満をまきちらして、人望を失っていく、仕事のチャンスも失うし、カネも失う。家族すら失うケースもある。

 

結論はこうだ。

因果は応報しない!

 

良い考えを持っているからといって、経営がうまくいくわけではない!

利他心に基づいた上昇志向を持っている人格の素晴らしい社長であることと、会社が成長し続けることとは、直接的な因果関係はない!

間接的には、ある。

しかし、そういう考えかたを持ってさえいれば、それが直接的に成功を導くファクターである、とは決して言えないのだ。

 

成長しづつける経営とは、「いつでも誰でも再現可能な復元と改善のメカニズム」だ。

性別や学歴や国籍などまったく関係なく、誰が経営者であっても、その仕組みを実施すれば、いつでも業績が回復し、利益が改善し、経営を維持することができる、というものでなくてはならない。

それを、私は「利益メカニズム」という言葉で表している。

何百年も継続する会社では創業者の心が何代も途絶えることなく継承された、なんて事例を書物で読むことがあるが、実際は創業者の心と一緒に「利益メカニズム」が継承されたのだ。人は美談が好きだから、心の方を重視する。だから、老舗の成功の秘訣を「心の問題」だと捉えがちである。

しかし、実際は、成長するためのメカニズムを実直に守って維持し続け、それをさらに発展させてきたのだ。心はその地道な経営努力を支えるための補助的な役割である。

 

つまり、意地悪な見方をすれば、会社が成長し続けることができるメカニズムを絶えず実施することさえできれば、経営者の心なんてどうでもいい、ということになる。

とはいえ、人間は頭の中にない行動は起こせない生き物だ。それができるのは精神病罹患者だけだろう。心の中頭の中では「感謝なんてクソくらえ!俺だけが幸せならそれでいい!」という者が、会社を未来永劫成長させ続けることができる利益メカニズムの仕組みを実施できるはずがない。利益メカニズムの中には、会社を取り巻くすべての関係者(ステークホルダー)の幸せを実現する、という利他が含まれているものだから。

簡単に言えば、会社は経営に関わるすべての人の「持ちつ持たれつ」で成り立っている。このことは疑いようのない真実だ。会社を成長させ続けることができる利益メカニズムを実践すれば、その根底にある「利他」の考えかたに、自然と思いを馳せることができる。

つまり、正しい経営の仕組み、利益メカニズムを代々伝えていけば、その根底にある心の問題は、わざわざ口に出さずとも伝わっていくものなのだ。経営の仕組み、マネジメントシステムとは、そういうカラクリでできているものなのだ。心の問題をわざわざ強調して伝えようとする経営者ほど、経営の仕組みを理解していないと私は思う。

 

経営を人格論や倫理で語り過ぎてはいけないと思う。

人格の優れた社長だから経営がうまくいく、なんていう因果律はどこにも存在しない、と心得ておくべきなのだ。

 

因果は応報せず、もともと同一のものなのだ。

「因果一如」

 

原因も結果も最初から一つのものなのだ。原因の中に結果が含まれていて、結果の中に原因が含まれている。

正しい利益メカニズムを実践すれば、その根底に眠っている心の問題も呼び覚ましてくれる。結果につながる行動をすれば心の問題(原因)も同時に解決している。心が平静で穏やかであれば、当然ながら行動は正しいものとなり、結果につながる。

従って、経営改善や業務改革に臨む際に注視注目すべきは、心とか倫理とか精神論ではなく、「どうすれば経営が維持できるか、つぶれずに成長できるか」という利益メカニズムである。

その中に、心のテーマはすでに含まれている。メカニズムを真正面からとらえるだけで良い。学ぶだけで良い。自分の心を責める必要もないし、周りを責める必要もない。

 

ももたろうは、そうして問題を解決していったのだ!

 

ということを、9日間の謎解きメールセミナーで感じながら読んで頂けると嬉しいです!

 

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